本と映画とその他で雑多煮をします

読んだ本と見た映画についての記録。Amazon.co.jpアソシエイト。

「チョコレートドーナツ」トラヴィス・ファイン

チョコレートドーナツ [DVD]

※この記事にはタイトルの内容に触れる記述があります。

 

「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービス にて視聴。

話の内容は明快。ダウン症の少年・マルコをゲイのカップル(ルディとポール)が引き取ろうとする。一度はカップルであることを伏せマルコの法的な監護者と認められるが、ゲイのカップルであることが露見しふたりはマルコとは引き裂かれてしまう。なんとか養育者として認めてもらうべく裁判を起こすが、認められずマルコは悲惨な結末を迎える。

 

 今でも同性愛に差別的な発言をする人たちはいるけれども、ほんの40年弱前にはこんなことが日常茶飯事だったんだろうなと思うともどかしい。社会的地位のある人たちが当事者の子供の気持ちを放って、ただふたりが同性愛であるということが問題というような発言をしていて、こんな馬鹿げたことがあるか!と何度も悲しくなった。

見ているとルディは男性なんだけれども性別を超えた人間的な美しさがどんどん滲み出てきていて、それに感化されて変化していくポールもまたいい。マルコは実際ダウン症の子が演じていて、リアリティは申し分ない。

その3人の幸せな生活がきらきらと愛情溢れて描かれている分、後半の落差につらくなる。けれども奇麗な結末にならないぶん、現実での差別についても思いを巡らせることになる。

 

差別する側と差別される側は紙一重だなと思う。黒人の弁護士が出てくるけれども、(ルディとポールがそうというわけではなく)黒人を差別するのはおそらく白人だろうし、その白人が今度は違う理由でまた差別を受ける。マルコもたぶんきっとそうだったんじゃないかなと思う。病気であることで、きっと様々な差別を受けてきた。そうやってでこぼこした登場人物たちがお互いの凹凸を理解しながら寄り添っている様を描いている。やっぱりそう思うと最後は本当に悲しい。マイノリティがそのままで生きていられる世の中であってほしい。

 

「悪人」 李 相日

悪人 スタンダード・エディション [DVD]

 ※この記事にはタイトルの内容に触れる記述があります。

 

「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービス にて視聴。今また再配信されています。(記事現在)見たのは去年、原作は未読。同じ原作・監督の「怒り」が公開されていたころだと思う。

邦画は最近あんまり見ないんだけれども、先が気になってぐいぐい見た。

 

話は、土木作業員の祐一が、出会い系で出会った佳乃を殺してしまう。祐一はその後、同じく出会い系を通じて出会った光代とともに逃避行をする。二人の逃避行の様子を描きながら、祐一が何故佳乃を殺してしまうことになったのか、事件の詳細が明らかにされていくという話。

 

タイトル通り、悪人とはということについて考えさせられる。

祐一が殺人を犯したことは確かな事実だけれども、祐一と光代を中心に描かれる話の中で、祐一の繊細さや粗野ながらも祖父母の面倒を見るなど優しさを併せ持つ青年を全力で責めることができない。けれども、祐一を善人というには暴力性がちらちらと垣間見えてそれも言えないというような多面的な描かれ方をする。これはどの登場人物もそうで、殺された佳乃も最悪な態度を祐一にとっているのだけれども、佳乃の父親を通して描かれるのは愛すべき娘という側面。

 

そこで注目するのは、光代という存在。では光代にはどんな多面性が描かれているのか。素直に見れば、国道沿いの閉塞した生活でありながらも、毎日堅実に生活をしているという普通の女性の姿と、殺人を犯した祐一を愛してしまったが故に悪いことだとは思いながらも逃避行をし続けるという姿だと思う。逃避行中に妹に電話を掛けるというのも、その葛藤を表しているようにも思える。

ただ、ここでふっと思ったのが、光代が国道沿いの閉塞した生活に飽き飽きしてどこか違うところへ行きたいと願っていて、それに祐一を利用したのだとしたら?純粋に殺人犯を愛し庇う献身的な姿と、自分の退屈した生活を変えるために殺人犯の祐一を(無意識か意識してかはわからないけれども、愛という感情にすり替えて)利用して逃避行した姿を光代の多面性だとしたら、最後の台詞は本当にゾッとするなと思った。この場合の一番の悪人は光代では?といった気持にさえなる。

 

ニュースを見ていると、この映画みたいに殺した側も殺された側も各々の背景なんかでてこない。けれどもそれぞれにはそれぞれの思いがあって、黒と白とでくっきり塗り分けられないことって沢山あるな。(殺人はもちろん悪いことです。)

 

 

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」 デヴィッド・フィンチャー

※この記事にはタイトルの内容に触れる記述があります。

 

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 [DVD]

 

「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービス にて視聴。

再びデヴィッド・フィンチャー監督。ぼろぼろ泣いた。この手の話はつらくなるから最近はバランスをとるためにアニメばかり見ているよ。

内容は、知っている人も多い気がする。わたしも見る前から話の概要は耳に入っていた。老人として生まれ、どんどん若返っていくベンジャミン・バトンの生まれてから死ぬまでを描いた映画。

3時間弱という長編だけれども飽きずに見ることができた。最初の病床に就いたおばあちゃんから語られる逆回転する時計の話からぐっとストーリーに引き込まれる。実際の登場人物はふたり。病床のおばあちゃんと、その娘。おばあちゃんの持っていたベンジャミンの日記をもとに、ベンジャミンの人生を回想していく。

 

ベンジャミンは生まれた直後から気味悪がった実の父親から老人ホームに捨てられてしまうわけだけれども、その場所柄もあって多くの死を見る人生として描かれている。そもそも生まれから母親の死をもって生まれてきている。

死にまつわる台詞はいろいろあって印象的だったのは死の間際の船長の台詞。「はらわたが煮えくりかえる。運命の女神を呪いたくなる。でもお迎えが来たら行くしかない」。これはベンジャミンが自分の父親が死ぬときにも言っている台詞。わたしたちには時に唐突に、時に穏やかに死が訪れる。その対比として生きているということが永遠ではなく、少しの間訪れる素晴らしい時間であるということが強調される。

 

この映画では多くの人がベンジャミンと関わる。最愛のデイジー。黒人の継母。ピアノを教えてくれた老婆。船長。実の父親。ロシアで出会った人妻。旅をする黒人。みんな時にベンジャミンが見ている前で、もしくは知らぬ間に死が訪れ、そうでないものはふっとベンジャミンの人生から退場する。そういった関わりが退屈でつまらないと思う人もいるかもしれない。ただここには普遍的な人生の美しさや豊かさや愛おしさが込められていると思う。

 

話の中で何より悲しかったのは、人の死よりもデイジーとは一緒に年をとれないということだったな。二人の年齢が重なる時期の一番楽しい幸せなシーンは、この後来る悲しい出来事をどこまでいっても予感させていて見ていてとてもつらかった。これも長い人生の一瞬のきらめきなんだと思うと、ぐっと胸にきて泣いてしまった。

 

わたしはフォレストガンプも好きなんだけれども、フォレストガンプが好きな人にはおすすめ。物語ではひとりの人間の人生ですが、恐らく人類すべての人生を愛情深く撮った映画です。

 

「ソーシャル・ネットワーク」デヴィッド・フィンチャー

※この記事にはタイトルの作品内容に触れる記述があります。

ソーシャル・ネットワーク (字幕版)

 

「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービス にて視聴。

今や誰もが知るSNSサイト・Facebookの創設から発展までを、事実をもとに創作を加えた作品。主人公はもちろん創設者のマーク・ザッカーバーグです。

監督はドラゴンタトゥーの女を撮った人なんだね。と思ったらルーニーマーラも出てました。

 

物語は現在(裁判中)と過去(Facebook創設から発展)を交互に行ったり来たりするけれども、ややこしさはなくスピーディー。とっつきにくい専門用語も飛び出てくるけれども退屈せずに見ていられます。

難しいのは、このマークをどう思うかによって評価が全然違ってくること。

わたしはアスペルガーかなっと思って見ていた。人付き合いが苦手で、興味が酷く偏っていて、ピュアといえば聞こえはいいけれども、他人の気持ちをあまり考えずに突き進んでいく。最後のエリカにフレンド申請を送るのもそれっぽいなと思った。普通あんなに拒絶されたら申請しないでしょ…。

弁護士の最後の台詞の「あなたは悪い人ではない、そういう風に振舞っているだけよ」というのがそのまま。マークは悪い人ではないけれども、誤解されやすい性質。

 

そう思うとマークは悪意があってしたわけではないけれども、最終的には二つの裁判を抱え、友人を無くしたことになる。巨額の富は手に入れたが、誰も彼を理解できなったという悲しいストーリーにも見えてくる。(最後のエリカへのフレンド申請も)

 

マークが目的のために手段を択ばず冷酷な人間だと考えるならば、また違ったストーリーの解釈があるだろうと思う。

マークとショーン、マークとウィンクルボス兄弟、そしてマークとエドゥアルドの関係性も面白い。エドゥアルドは結局マークの才能を信じられなかったということも考えられるんだよね。実際エドゥアルドの働きがなくてもFacebookは大きくなった。(けれども、エドゥアルドがいなければ、初期のFacebookを始めることができなかったのも事実。)

 

そんな感じで見る人によって印象が変わるだろうなという映画でした。全部を説明するというよりはふくらみがある映画はよいな。

 

「ジャンゴ 繋がれざる者」クエンティン・タランティーノ

 

 

 

 

 

※この記事にはタイトルの内容に触れる記述があります。

 

ジャンゴ 繋がれざる者 [SPE BEST] [DVD]

 「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービス にて視聴。

南北戦争直前のアメリカ南部。黒人奴隷だったジャンゴは、賞金稼ぎの歯科医キング・シュルツに賞金首の顔を知っていたことから助けられる。奴隷制度を嫌うシュルツに銃の腕を見出されたジャンゴは賞金稼ぎとしてコンビを組む。白人賞金首を殺しながら、ジャンゴの妻・ブルームヒルダを黒人奴隷の酷使で有名な農園領主・キャンディから助け出すため一芝居打つことにするが…。

 

クエンティン・タランティーノらしく、しょっぱなから完熟トマトを潰しまくるように人がばんばん死んでいきます。もともとその程度のグロ描写は苦手でもないので気にもしなかったんだけれども、黒人奴隷への扱いがひどすぎてどうも見るのがつらかった。(時間も165分と長い)

黒人奴隷たちは、馬に乗ることも、店に入ることも、対等な口を利くことも許されておらず、自分たちで何かを決めることに不慣れで、難しい言葉もわからない。そんな黒人奴隷たちを白人たちは鞭打ち、黒人同士で殺し合いをさせ、犬に食わす…。そんな奴隷制度をシュルツは毛嫌いし、ジャンゴを対等に扱っていてこの辺の描写は、現在の私の持つ倫理観と一致していてすごいほっとする。シュルツとジャンゴが親と子供のような、師匠と弟子みたいな関係は良かった。ずっと奴隷として生きてきたジャンゴが黒人ではなく白人に初めて人間として扱ってもらえたことで、自我が生まれてひとりの人として成長していく。

けれどもそのシュルツはあっさりと撃たれて死んでしまうし、ジャンゴは妻を助けるために演技とはいえ黒人奴隷にひどい態度をとり、見殺しにまでするし、もう何に感情移入すればいいのかよくわからなかった。

 

評価はいいので、合う合わないの差なのかなとは思います。

 

 

「ジャンゴ 繋がれざる者」は「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービスにて11/30まで配信中です。(記事現在)

 

ボーイミーツガール。「君の名は」新海誠

※この記事にはタイトルの内容に触れる記述があります。

 

   小説 君の名は。 (角川文庫)

ようやっと私生活が落ち着いたのでブログを書くよ。

興行収入が164億円を超えて、ジブリ作品「崖の上のポニョ」を超えて邦画歴代5位のヒット作品。見たのは公開して割と間もないころだったので、こんなに伸びていてびっくりしています。まだ近くの映画館でも結構な本数でやっているのでもっと伸びるんだろうなあ。

 

さて内容。ある朝、東京に住む男子高校生・立花瀧と、山奥の田舎にある糸守に住む女子高生・宮水三葉はお互いの身体が入れ替わってしまう。お互い入れ替わりに戸惑いながらもそれぞれの入れ替わりを楽しんでいた。しかし、急にその入れ替わりが途絶えてしまう。瀧は入れ替わり時に見た風景を頼りに三葉を探すが、三葉の住む糸守町は三年前に彗星の衝突により消滅していたことを知る…という感じでストーリーが進みます。

 

未来に暮らす男の子と過去に暮らすの女の子ということで「時をかける少女」や、力を合わせて彗星の危機からみんなを守るっていうところから「サマーウォーズ」なんかとの似たような感じはありつつも、ボーイミーツガールものとして結構楽しめました。(なぜなら私は時かけサマーウォーズも大好きだから)

新海監督の作品はこれが初めて見る作品だったんだけれども、イメージの中ではもっと情緒的というか、主人公たちがどこまでいっても感傷的な印象があって(勝手にね)、ちょっと苦手意識があったんだけれども「君の名は」はそんなこともなくテンポよく話は進むし、RADWIMPSの音楽も合っていて万人受けするように作られているなあと感じました。

ただラストはちょっと引っ張りすぎてしつこい。もうちょっと見る側の想像の余地が残るような終わり方でもよかったのではないかな。

 

映像は文句なしに奇麗。舞台は夏だけれども、きらきらと輝く夏の空や木々、雄大で少し恐ろしい彗星の映像も、とっても良かった。

 

新海誠監督のほかの作品は「dTV」ムゲン楽しい映像配信サービス でも見られます。

今は「星を追う子ども」「ほしのこえ」「秒速5センチメートル」が追加料金なしで見れます。初回31日間は無料。月額500円(税抜)

 

2016年8月に読んだ見た本・漫画・映画

一般書籍
  • 「コンビニ人間」村田 沙耶香
漫画
映画